”今 ここ”に生きる

 朝はすごい雨、夕方は強風・・・すごい一日でした

 今日はあるサークルに参加してきました。
 私にとって”帰国子女”というのは憧れの響きです。
オーストラリアで一年生活した経験だけはありますが、すっかり英語は忘れちゃっているし、ホームスティでしたからなんの苦労もせず遊んできたようなものです。
チヤホヤされていたのも事実でしたし・・・。

 でも、今日聞いた「第三文化の子どもたち」という言葉には考えさせられました。
両親とは違う文化の中で生まれ、育っていく子どもたち。
二つ以上の文化をミックスしながら育っていくことになります。
たしかにバイリンガルもしくはそれ以上、会話では困らない。
交流できる能力はあります。
でも、自分はどこの国の人間なのかが分からなくなる。
彼女はいつも”Who am I?”という問いが頭の中にあったと言います。
日本のパスポートを持っているけれど、日本に戻るたびカルチャーショックを受けるという体験。
根無し草という思い、気持ちがいつも休まらない、無力感・・・不安がつきまとっている人が多いそうです。

 彼女の言葉の中で心があたたかくなったのは、「私のHOMEはどこ?という問いに、主人が言ってくれた言葉に泣きそうになった。彼はHOMEはあなたがコートを掛けた場所だよと言ってくれた」でした。
確かな行動(コートを掛けるという)を言ってもらった時、はじめて安心を感じられたのではないでしょうか?
彼女をしっかりと抱きしめてくれる人からの言葉だったから、心に届いたのだろうと思いました。

 
 いろんなことを感じ、考えながら聞いていましたが、この戸惑いは「第三文化のこどもたち」だけではないのではないでしょうか?
もちろん第三者からみれば程度はずっと違います。
でも、本人にとっては辛さは変わらないのではないでしょうか。
「私は何者?」という問いをしたことのない人はいないでしょう。
「私は何がしたいの?」
「私はどうしてここにいるのだろう?」

 渋谷の大きな歩道橋で人波の中を歩いていると「これは私?」と不思議な感覚に襲われることがあります。
でも、すぐに「そう私。今渋谷にいます!親業の勉強をしています!」と答えられるのです。
これは親業上級講座で学んだこと。

私たちが生きるのは ”今 ここ”

 
    ”どんど晴れ”

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この記事へのコメント

2009年07月11日 12:17
両親が違う国籍を持つ子供は
自分の根っこがどこにあるかわからなくなるんですね。

>「私は何がしたいの?」
「私はどうしてここにいるのだろう?」
そういう思いは私にも経験があります。
みんな、そういう思いをかかえて生きているのかも。

>私たちが生きるのは ”今 ここ
そうですね。
アッキー
2009年07月12日 13:04
こんにちは
私も昨日、とある地より帰ってまいりました。
普段行きたくても行けない土地なので感慨深いものがありました。
現地の夕刊に記事が大きく載っておりました。
写真もバッチリ写っておりました。
2009年07月13日 19:08
ラビットさんへ

 ラビットさんも「私は?」の問いを持った
 経験があるのですね?!
 私もです。
 ですから講演を聞きながら「日本に生まれ
 日本人に囲まれて育っても、その問いは持つ
 ことがあるのよ」と言いたかったです。
 ただ、彼女たちには言葉の壁というのが
 たしかに大きな問題ですから、私とは又違う
 のでしょう。
 親業を学んで「言葉」の力や怖さを痛感して
 いるところですが、言葉って奥が深いです。
2009年07月13日 19:12
アッキーさんへ

 おかえりなさい!
 大きな使命を背負っての任務、お疲れさま
 でした。
 バッチリ写った写真、HPに載せてくれると
 いいのですが・・・。期待してます!
 

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